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東京高等裁判所 昭和46年(ラ)460号 決定 1971年10月04日

(本店) 北米合衆国ニユージャセー州ユニオン区エリザベス市

(日本における営業所) 東京都港区六本木三丁目五番二七号

抗告人

シンガー・ソーイング・メシーンカンパニー

日本における代表者

リチャート・エッチ・フランス

代理人

松枝迫夫

北海道小樽市緑一丁目二〇番七号

相手方

林由治

代理人

江本秀春

右当事者間の東京地方裁判所昭和四六年(ワ)第三、七一五号損害賠償請求事件について、同裁判所が昭和四六年六月一〇日になした移送決定に対し、抗告人から適法な即時抗告の申立があつたので、次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

相手方の移送申立を却下する。

理由

抗告代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由は別紙一記載のとおりである。相手方代理人は本件抗告を棄却するとの裁判を求め、その理由は別紙二記載のとおりである。

よつて按ずるに、本件は、原告たる抗告人が被告たる相手方に対して身元保証債務の履行を求め、義務履行地たる原告営業所所在地を管轄する原裁判所に提起した訴訟につき、同裁判所が被告の普通裁判籍たる住所地を管轄する札幌地方裁判所に移送したことを不服とするものである。

ところで、右のようにある請求につい場て普通裁判籍と特別裁判籍が競合する合、原告にその訴えを提起すべき裁判所の選択権を与えている法の建前からするときは、原告がその選択権を行使して自己に有利な裁判所に訴えを提起した場合その反面において被告が訴訟遂行上ある程度の不利益を蒙ることはやむをえないものといわなければならない。ただ、かかる場合に、被告が著しい損害を蒙るとき、または訴訟の審理が著しく遅滞する場合には、当事者間の公平を図る見地や訴訟促進、訴訟経済等の公益上の理由から、当該訴訟を他の裁判所に移送しうることにしたのが、民事訴訟法第三一条の法意であるから、同法条にいう著しい損害または著しい遅滞とは、当該訴訟における被告の立場のみを考えて決すべきではなく、原被告双方の立場を比較考量し、またそれぞれの裁判所が事件を審理する場合に予想される手段、費用、所要時間等の負担を比較検討して決すべきものである。

この見地から本件をみるに、原告たる抗告人の請求原因およびこれに対する被告たる相手方の答弁の趣旨は、答弁の趣旨に、訴外村上正司が原告に与えた損害については原告と被告ほか三名の間に起訴前の和解が成立しているものである、との主張を加えるほか原決定摘示(原決定一枚目表五行目から同二枚目表四行目まで)のとおりであり、しかして本件では未だ双方とも証拠の申出をしていないが、抗告人が原審で提出した「意見書」、当審に提出した「即時抗告申立書」、相手方が原審で提出した「移送申立書」、当審で提出した「答弁書」によれば、証人としては、抗告人は主として監督上の過失の有無に関して東京に在住する原告の社員二名ないし三名を、相手方は損害の内容に関して北海道に在住する村上正司のほか前記起訴前の和解の当事者となつた者三名計四名を予定しているとしている。本件訴訟の現段階においては、いずれの争点が中心をなすかは不明であるが、少くとも後者が証拠調の主たる部分を占めるものと推認させるような事情は窺われないから、事案にかんがみ右証人のすべてにつき審理を必要とするとも考えられないが、いちおう相共に同程度の争点となり、同程度の証拠調を必要とするものと考えるほかなく、そうすると、仮りに上記予定証人の全部につき証拠調をなすとしても、これが審理を原裁判所でなすことにより札幌地方裁判所でなす場合に比して被告が特に著しい損害を蒙るものとは認め難いし、またこれがため審理が著しく遅滞するものとも認め難い。他に右判断を左右するに足る資料はない。

そうすれば、原裁判所が本件訴訟を札幌地方裁判所に移送する旨決定をなしたのは失当であるから、これを取消し、主文のとおり決定する。

(中村治朗 鰍沢健三 鈴木重信)

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